
高橋ヒロムの退団理由は何?本人のコメントから見る真意
新日本プロレスの人気ジュニアレスラー、高橋ヒロムさんが退団を決意した理由は、「不満」ではなく「夢」でした。
今回の退団は、マイナスな事情ではなく、高橋ヒロムさん自身が語った「スーパーポジティブ退団」。では、その真意とは何なのか?ここでは、本人のコメントや背景も交えて読み解いていきます。
契約満了とともに退団を決意した理由
退団のタイミングは、契約更新のタイミングと重なっていました。
2026年1月末で新日本との契約が切れることを受けて、高橋ヒロムさんは自ら契約を更新しないと伝え、2月11日の大阪大会を最後にリングを降りる決断を下したんです。
普通なら「契約切れ=揉めた?」と疑いたくもなりますが、どうやらそうではありません。
これは本人も「不満が理由ではない」と明言しており、むしろ前向きな挑戦のための一歩だったようですね。
これ、エンジニアの僕から見ても納得できる部分が多いんですよ。
例えば、ある技術職が会社に不満があるからではなく、「今が動くベストタイミング」と感じてフリーランスになる、あれに近いです。
変化の波を逃したら、次に動くのはもっと難しくなる——そんな嗅覚が働いたのではないでしょうか。
次は、高橋ヒロムさんがなぜ「ポジティブ退団」と表現したのかを見ていきます。
「不満ではなく夢のため」と語るスーパーポジティブ退団
ヒロムさんが語ったのは、「今辞めないと後悔するかもしれない」という強い気持ちでした。
本人いわく、新日本プロレスに対するリスペクトは消えていないとのこと。
それでも、次の夢に進まないことのほうが後悔する、と。
このあたり、何かに打ち込んできた人なら共感できるんじゃないでしょうか。
僕もSEとして長年同じプロジェクトに関わっていたとき、安定していても「このままでいいのか?」ってふと思ったことがあって。
そういう時って、新しい挑戦の方が不安よりワクワクの方が勝つんですよね。
ヒロムさんの言う「スーパーポジティブ退団」は、そのワクワクを信じた結果なのかもしれません。
そしてもう一つ、退団を決断するにあたって意識していたことがありました。
それが「年齢」です。
このあとは、36歳という年齢がどんな影響を与えたのか見ていきましょう。
36歳という年齢が決断を後押しした背景とは?
高橋ヒロムさんが特に意識していたのが、「オカダ・カズチカさんや中邑真輔さんが36歳で海外に挑戦した」という事実でした。
同じ歳になったことで、自然と「今しかない」という思いが強まったのかもしれません。
40代の僕に言わせれば、30代後半って、気力・体力・経験のバランスが絶妙なんですよ。
挑戦するにも、リスクを読むにも、ちょうどいい時期。
だからこそ、ヒロムさんの判断には妙にリアルさがあるんですよね。
しかも、プロレスという過酷な世界では、数年の差がパフォーマンスに直結します。
「今やらなきゃいつやるんだ」っていう感覚は、技術職でもリング上でも共通してるんですね。
さて、ここまででヒロムさんがどれほど「前向きに」退団を選んだかがわかってきたと思います。
新日本プロレスから海外進出の可能性も解説!
新日本プロレス退団後、高橋ヒロムさんがどこへ向かうのか?この点も多くのファンが気になっているところです。ヒロムさんが夢を追って退団したその先には、いくつかの選択肢が見えてきます。
WWEやAEW参戦の可能性はある?
プロレスファンの間でまず話題になるのが、「WWE行くの?それともAEW?」という点ですよね。
両団体とも世界的に注目を集める舞台であり、ここに参戦すればヒロムさんの知名度は一気にグローバル化します。
実際、オカダ・カズチカさんがAEWへ、中邑真輔さんがWWEで成功を収めているのを考えると、ヒロムさんのポテンシャルなら十分に通用するはず。
ただ、WWEの場合はキャラクターの変更が求められることも多く、あの独特なヒロムワールドをそのまま出せるのかは少し疑問ですね。
技術職の僕からすると、外資系に転職する感覚に近いかもしれません。
言葉や文化の壁を越えて、自分のスタイルを維持しつつ適応するって、簡単じゃないけど大きな成長につながるんです。
フリー転向という選択肢も視野に
もうひとつ有力なのが「フリーランスとして活動する道」。
これ、プロレス界では珍しい話ではなく、昨年退団した内藤哲也さんも、フリーとしての道を選びました。
このスタイルなら国内外問わず色々な団体に出場できるし、自由度が高いのが魅力です。
SE界で例えるなら、企業に属さずフリーランスエンジニアになる感覚。
案件ごとに自分のカラーを出しつつ、新しい現場で刺激をもらえるのは最高の自己成長にもなります。
ヒロムさんの性格的にも、型にはまらず自由に暴れられる環境が向いてる気がしますね。
海外ファンからの注目度と期待感
実は海外にも、ヒロムさんのファンはかなり多いです。
SNSでは「Hiromu is coming?!」という反応がすでに飛び交っていて、現地ファンの期待値は爆上がり中。
あの派手で狂気じみたファイトスタイルは、海外のファン層にも確実に刺さると思います。
ヒロムさんもきっと、自分らしさを武器に海外での存在感を放つはず。
ここまでで、退団後の選択肢がいくつか見えてきました。
次は、そんなヒロムさんのこれまでの活躍や実績を振り返っていきましょう。
高橋ヒロムのこれまでの歩みと圧倒的実績
高橋ヒロムさんは、ただのジュニアレスラーじゃありませんでした。プロレス界に衝撃を与え続けたヒロムさん。その歩みは、常に挑戦と進化の連続でした。ここでは、代表的な実績と魅力的なキャリアを振り返っていきます。
新日本プロレスでのキャリアと主なタイトル歴
2010年にデビューしてから、約16年ものあいだ新日本のジュニアを支え続けたヒロムさん。
一番印象的なのは、やはりIWGPジュニアヘビー級王座を5回も獲得した実績です。
さらに「BEST OF THE SUPER Jr.」では歴代最多4回の優勝。
これはもう、ジュニア界の生きる伝説と言っても過言じゃありません。
一技術者として、ひとつの分野でトップを取り続ける難しさを身に染みて感じる身からすると、この安定感と継続力には頭が下がります。
内藤哲也との絆とロス・インゴでの存在感
2016年に帰国してから、内藤哲也さんが率いる「ロス・インゴベルナブレス・デ・ハポン(LIJ)」に加入。
そこから一気にブレイクしたのが記憶に新しいですね。
LIJの中でもヒロムさんは特にキャラが濃く、唯一無二の存在感がありました。
僕がプロジェクトチームで「ちょっと変わり者」枠にいたとき、同じような立ち位置だったので親近感しかないです。
ちゃんと結果を出せば、そういう「異端」もチームの武器になるんですよね。
「ジュニアの象徴」と呼ばれた理由とは?
ヒロムさんはずっと「ジュニアでもヘビー級を超えられる」という姿勢を貫いてきました。
そしてその背中を見て、ジュニアを目指す若手も増えたのではないでしょうか。
リング上での激しい動き、感情むき出しのマイク、唯一無二のキャラクター。
これがヒロムさんが「ジュニアの象徴」と言われる所以なんです
