川上りゅうせいのwiki経歴!波乱万丈すぎる28年の人生とは?
今、東京30区(府中市・多摩市・稲城市)で注目されている国民民主党の新人候補、それが川上りゅうせいさんです。
1997年生まれの現在28歳。若手のホープというだけでなく、その人生がちょっと“えぐい”レベルで濃いんです。
本気で「この人、ドラマの主人公?」と思わせるストーリーが詰まってました。
幼少期〜中学時代:極貧生活と母子家庭の苦労
川上りゅうせいさんは、幼少期に父親の事業失敗によって家庭がどん底に。
小学校5年の時に両親が離婚し、母子家庭で育ちます。さらに中学1年の終わりには東日本大震災に見舞われ、親戚4人を亡くすという想像を絶する体験も。
中学時代は、母と2人三脚の生活。支えてくれていた母のパートナーは、中3で命を絶ってしまうという、これまた胸が締め付けられる出来事まで…。
40代の自分も、仕事に疲れて帰ってきた夜にこういう話を読むと、正直グッとくるものがあります。
「自分なんかまだまだ甘いな」と思わされますね。
高校時代:居酒屋と建設現場でバイト漬けの日々
高校に入っても、川上りゅうせいさんの生活は決して平坦じゃありません。
毎日バイトです。居酒屋、建設現場、大工の手伝い、解体作業…全部リアルにキツい仕事ばかり。
その努力の根っこには「生活を成り立たせるため」だけじゃなく、「働くことの尊さ」を肌で感じていたからこそ、続けられたんだと思います。
自分もIT業界で20年近く働いてきて、「働くことの意味」を改めて考えたのは40超えてからでした。
川上さん、若いのに深いところまで見えてたんだなと感心します。
社会人~独立:20歳で起業、難病・借金・適応障害との闘い
関東第一高校卒業後、居酒屋時代のお客さんに誘われて就職。ですが、母の知人によるトラブルで退職を余儀なくされ、引っ越し。
その後、転職先の社長の支援を受けて、なんと20歳で独立。若いのにすごい…!
ところが、ここでコロナ禍直撃。2ヶ月間仕事がゼロ、さらに難病を発症してしまい、自営業を廃業。借金と適応障害も抱えたとのことです。
普通なら完全に心が折れてもおかしくない状況。でも、川上さんは「すべてを乗り越えてきた」と語ります。
強がりじゃなくて、腹をくくった人にしか出せない言葉だと思いました。
この“人生の荒波サーフィン”こそが、政治家としての原動力になっているわけですね。
川上りゅうせいの学歴!
高校生活:学業とバイトの両立に苦しんだ3年間
関東第一高校時代の川上りゅうせいさんは、まさに「働く高校生」。
授業が終わればバイト。居酒屋でお皿を下げ、建設現場で資材を運び、大工の補助までこなしていました。
しかもこれ、ちょっとお小遣い稼ぎとかじゃないんですよ。生活のためです。
「学歴社会」に対してちょっと冷めた目を持っていた自分でも、ここまでのリアルな戦いを知ると、素直に頭が下がります。
「就職→独立」までの流れ
高校卒業後、川上りゅうせいさんは進学せず、就職の道を選びました。
理由は明確で、「生活のため」。
バイト先の居酒屋で知り合ったお客さんから声をかけられて就職。その後、紆余曲折を経て独立に至ります。
40代の自分が20代だった頃は「とりあえず大学」「とりあえず就活」なんて空気が強かった時代。
そんな中、川上さんのように“やむを得ず”じゃなく“自分の意思で働く道を選んだ”若者って、むしろ芯があると思うんです。
次は、川上りゅうせいさんの家族構成や、大切にしてきた人たちとの関係に迫ります。ここでもまた、グッとくるエピソードがありました。
川上りゅうせいの家族構成とは?母との絆と父の影
川上りゅうせいさんの背景を語るうえで、「家族」は欠かせません。
選挙の演説やSNSでも、ご本人が繰り返し語っているのが“母との関係”と“家族の喪失”。その言葉には、重みがあります。
両親の離婚と育ての父の死
小学5年のとき、両親は離婚。それ以降、川上りゅうせいさんは母とともに母子家庭で育ちました。
その後、中学時代には母のパートナーと出会い、一時期は“父的存在”とも言える方と3人で暮らしていたそうです。
ですが中学3年生のとき、そのパートナーが命を絶つという、あまりにも過酷な出来事に直面します。
想像してみてください。思春期の真っただ中で、精神的な支えを失うことの衝撃を。
自分にも娘がいますが、こんな体験をした子が、その後「人を救いたい」と思えるようになるなんて…すごいの一言です。
5歳上の兄の存在と家族との別れ
川上りゅうせいさんには、5歳年上のお兄さんがいます。
ただ、高校卒業と同時に家を出たようで、以降は母との2人暮らし。家族が少しずつ離れていくなかで、彼自身は「誰かを守る存在」になっていったように思えます。
家庭の中で頼れる大人が減っていく中、支え合うパートナーとしての母との関係が、より濃く、より深くなっていったのではないでしょうか。
難病と闘う母親と支え合った日々
川上りゅうせいさん自身も難病を抱えていますが、驚くことに、お母さんもまた難病と闘っているそうです。
「どんだけ過酷なんだ…」と正直思います。
ですが、それでも2人で生活を続け、川上さんは働きながら母を支え、時には支えられながら生きてきた。
こういうエピソードを聞くと、政治家というより「現代の物語の主人公」って感じがしますよね。
次のセクションでは、川上りゅうせいさんのプロフィールをわかりやすく整理していきます!SNSや趣味、ちょっとした人となりまで丸ごとチェックしていきましょう。
川上りゅうせいのプロフィール総まとめ【年齢・出身地・SNS】
ここまでの話で、川上りゅうせいさんの「生き様」には触れてきましたが、
「で、実際どんな人なの?」という基本情報も押さえておきましょう。
プロフィールをざっくり知っておけば、もっと親しみが湧くはずです!
基本プロフィール(年齢・出身地・血液型・MBTIなど)
・名前:川上竜世(読み:かわかみ りゅうせい)
・生年月日:1997年12月13日(現在28歳)
・出身:東京都(ただし、岩手県釜石市にも親族がいる)
・職業:会社役員 → 国政挑戦中
・所属:国民民主党・衆議院候補(東京30区)
・当選歴:新人(初挑戦)
MBTIや血液型などは公開されていませんが、SNSなどの発信を見るとかなり理論的かつ情熱家タイプ。
“瞬発力”と“言語化能力”の高さはSNSでも話題になっていましたね。
SNSやYouTube出演などの活動状況
川上りゅうせいさんはSNSを非常に積極的に活用しています。
特に注目されているのが、YouTubeの「ReHacQ討論会」出演。1人討論会ながら、言葉選びのうまさと誠実な語り口で、多くの視聴者をひきつけました。
X(旧Twitter)では「#東京30区は川上りゅうせい」「#比例は国民民主党」といったタグでの拡散が活発です。
28歳の若さながら、情報発信力は大人顔負け。
ネットと地上戦をうまく組み合わせているのが印象的です。
趣味・特技・好きな食べ物などプチ情報も
公式には詳細は出ていませんが、SNSやファンの投稿を拾うと…
・トーク力が抜群(元接客業・営業経験あり)
・人の話を引き出すのが上手い
・論点をかみ砕いて伝える力が高い
・「エネルギーあるのに親しみやすい」という評価が多い
どこか“堅苦しさ”がないので、現場感ある政策にも説得力があるように感じます。
ここまで見てきたプロフィールをふまえると、川上りゅうせいさんは「共感型政治家」の代表例といってもいいかもしれません。
では最後に、「なぜ政治家を志したのか?」をテーマに、川上りゅうせいさんの想いをまとめてみましょう。
東京30区×国民民主党から立候補!なぜ政治の道を選んだのか?
最後に触れたいのは、「なんで川上りゅうせいさんは政治を目指したのか?」という問いです。
よくある“エリートのルート”とは違う、まったく新しい角度から国会を目指しているのが、この人の面白さです。
声なき声を拾いたい…川上りゅうせいが政治家を志した理由
川上りゅうせいさんが語るキーワードに、「当事者」という言葉があります。
生活苦、家庭問題、震災、難病、適応障害、借金…。
どれも“他人事じゃない”と身をもって感じてきた経験が、彼の根っこにあります。
「誰にも言えずに苦しんでる人が、この国にはたくさんいる。そういう人を救うのは、制度であり、政治なんだ」
そんな言葉を実体験から語れる人って、なかなかいませんよね。
40代のサラリーマンとして思うのは、「政治はわかりにくい」と感じる人が多い中、川上さんの言葉は、なぜかスッと入ってくるんです。
それは、“実感のある言葉”だからだと思います。
国民民主党からの立候補に込めた覚悟と信念
川上りゅうせいさんは、国民民主党から東京30区で出馬しています。
党の掲げる「現役世代の豊かさ」や「正直な政治」に共鳴しており、特に“声なき声”に応える政策を重視しています。
どこかで読んだのですが、「上から目線じゃなくて、横に並んでくれる感じがする」って評された投稿が印象的でした。
エリートじゃない道を歩いてきたからこそ、届く言葉がある。そんな空気感があるんですよね。
東京30区の有権者へ訴えたいメッセージとは?
東京30区(府中市・多摩市・稲城市)での選挙戦。川上りゅうせいさんは、地元駅前での演説やSNS発信を通じて、一人ひとりに丁寧に語りかけています。
最後の最後まで「一人でも多くに伝えたい」と訴える姿は、まさに“新人らしさ”と“情熱”の塊。
ベテランにはない勢いと、リアルに苦しんだ人間だけが持つ共感力が、今の有権者に届くかどうか――。
次の世代の政治を変えるのは、もしかしたらこの人かもしれません。
