大西里枝さん(扇子屋女将)が死去!SNSには驚きと悲しみの声

京扇子の世界に新しい風を吹き込んでいた大西里枝さんが、35歳という若さで亡くなったというニュースが報じられました。
SNS上では驚きと悲しみの声が相次いでおり、その存在の大きさをあらためて感じさせられますね。
ここではまず、訃報の概要や反響、そして現時点でわかっていることを整理していきます。
死去のニュースが報じられた日と年齢
2025年8月22日、大西里枝さんが京都市右京区の自宅で亡くなったと報道されました。
享年35歳。あまりに早すぎる別れに、多くの人がショックを受けています。
私もニュースを見たとき、「えっ…!」と声が出たほどです。
というのも、大西さんはつい先日までSNSで元気な姿を見せていましたし、「いけずステッカー」などのユニークな取り組みも注目されていた最中だったんですよ。
こういう突然の報せって、心にズシンときますよね。
現在わかっている死因や状況は?
2025年8月23日現在、死因については公表されていません。
プライバシーへの配慮か、あるいはまだ正式な発表が控えられている段階なのかもしれませんね。
ただ、SNSなどでは体調の異変や病気の可能性を指摘する声もちらほら見かけました。
もちろん、根拠がないものも多いので慎重に受け取るべきですが、それだけ皆さんが「どうして?」と思っているということです。
筆者の周囲でも「立命館出のバリキャリがなぜ…」という声が多くて、やはり彼女の印象は“芯が強くて前向きな女性”だったのだと思います。
学歴や経歴は?立命館大卒の才女の歩み
大西里枝さんの人生を語る上で欠かせないのが、「学び」と「キャリア」の歩みです。
伝統工芸の世界で活躍していたからといって、生まれた時から職人の道を一直線に歩んでいたわけではないんですよね。
ここでは、立命館大学からNTT、そして老舗扇子屋の女将へと至るまでの彼女のキャリアを振り返っていきます。
立命館大学卒業後にNTT西日本へ就職
大西里枝さんは、京都市出身。
立命館大学政策科学部を2012年に卒業しています。
筆者も理系学部出身のSEなので、政策科学部ってどんなことを学ぶのか最初はピンと来なかったんですが、どうやら「社会の課題を分析して、制度やしくみを考える」っていう、まさに現代社会に求められる力を養う学部らしいんですよ。
で、その後はNTT西日本に入社。
熊本や福岡で通信インフラの営業職に従事していたそうです。
当時は東日本大震災の影響もあり、通信の重要性を強く感じたことが就職の動機にもなったとか。
中小企業向けにフレッツ光などを提案していたそうですが、これも地味にタフな仕事なんですよね。
数字を追いかけつつ、相手の業務を理解して提案していく…。
「立命館で学んだことが活きたんだろうな」なんて思わずにはいられません。
結婚・出産を経て家業へ戻った理由とは?
NTT西日本の同僚と結婚した大西さんは、その後、出産のタイミングで京都に里帰りします。
この“里帰り出産”が、人生の転機になったんですね。
当初は家業を継ぐ予定なんてなかったそうです。
母親も「好きな道を歩ませたい」と考えていたようで、いずれは嫁に出すつもりで育てていたとか。
それがまさかの展開に。
配偶者が婿入りし、そして彼女自身も退職。
「扇子屋の若女将」として家業に入りました。
正直、バリキャリな人生を歩んできた人が、アナログな家業に飛び込むって、なかなかの勇気ですよね。
僕なら、パソコンの古さを見た瞬間に泣きそうになります(笑)
扇子屋の女将から社長就任までの道のり
家業に入ってからの大西さんの行動力は、本当にすごいです。
パソコンは20年前のスタンドアローン、連絡はFAXオンリーという環境からスタート。
そこから在庫管理アプリを導入したり、メールでのやり取りを推進したりと、業務のデジタル化を進めていきました。
極めつけは「かざ」というルームフレグランスの開発。
自腹(なんと退職金!)で開発したこの商品が、コロナ禍での売上を支える救世主になったそうです。
その後、2023年には社長に就任。
“100年ぶりの娘誕生”という家系の流れをひっくり返して、家業の先頭に立つことになったわけです。
筆者の視点で言わせてもらうと、ここまで来るともう「女将」って肩書きじゃ足りないんですよね。
マーケターであり、経営者であり、文化発信者であり、ちょっとしたインフルエンサーでもある。
まさに“現代型の老舗リーダー”って感じです。
老舗扇子店「大西常商店」とは?歴史と現在の取り組み
大西里枝さんが受け継いだ「大西常商店」は、京都市下京区にある歴史ある京扇子店です。
ただの“老舗”ではなく、江戸から令和へと受け継がれてきた職人魂と、現代の感性が見事に融合している店でもあります。
ここでは、商店の歴史と大西さんが女将としてどんな挑戦をしてきたのかを見ていきましょう。
江戸時代から続く伝統と変遷
大西常商店のルーツは、なんと江戸時代までさかのぼります。
もともとは建仁寺で「元結(もっとい)」という日本髪を結うための紙ひもを製造していたそうです。
ところが、洋装の普及で日本髪が廃れたことにより、事業は扇子製造へとシフト。
まさに「時代に合わせて変化する老舗」って感じですね。
法人化は1954年。築150年の町家を使った店舗は、京都市から歴史的風致形成建造物にも指定されています。
これだけ聞くとガチガチの“伝統重視”かと思いきや、そうでもないんです。
「かざ」やクラファンなど現代的な挑戦
里枝さんが若女将として加わってから、この扇子店は一気に“今どき感”が増しました。
その代表例が、清水焼の器と扇骨を組み合わせたルームフレグランス「かざ」。
筆者も香りフェチなので、こういうアイテムには興味津々なんですが…扇子の骨で香りを拡散させるって、なかなかの発想ですよ。
しかもこの商品、会社に内緒で退職金を投入して開発したとか。
なんというガッツ。そして結果的に、企業向けギフト需要が減ったコロナ禍でも黒字を維持。
もう「商売のセンスありすぎ」って言いたくなります。
ほかにも、クラウドファンディングで町家の見学スペースを整備したり、投扇興の体験イベントを始めたりと、観光×文化の企画も次々と打ち出していました。
ちなみに筆者は投扇興って名前だけは知ってたんですが、実際にできる体験スポットがあるのは驚きでした。
伝統って、「守る」だけじゃなくて「楽しく広げる」っていう発想が大事なんだなと、改めて感じさせられましたね。
京都文化を守る活動と女将としての想い
SNSでの発信にも力を入れていた大西さん。
「扇子屋女将」のアカウント名で、京都の年中行事や和文化を積極的に発信していました。
なかでも話題になったのが「いけずステッカー」。
表面は建前、裏面に本音という、京都らしい二面性を面白くビジュアル化した商品です。
「ぶぶ漬けでもどうどす?」の世界観を、デザインにして伝えるセンス。
これは筆者のような堅物SEには絶対に思いつかないアイデアで、めちゃくちゃ笑いました。
ただの“伝統の継承者”じゃなくて、文化の“翻訳者”でもあったんですよね。
大西里枝さんのプロフィールまとめ
ここでは、大西里枝さんの基本的なプロフィールを整理してお伝えします。
経歴だけでなく、趣味やSNSでの顔なども含めて、“人となり”が見えるような形でまとめてみました。
年齢、生年月日、出身地
・名前:大西 里枝(おおにし りえ)
・生年:1990年
・没年:2025年(享年35歳)
・出身地:京都市下京区
大西常商店の四代目女将であり、2023年には正式に代表取締役社長に就任しています。
いわゆる“京都の老舗のひとり娘”で、なんと大西家に100年ぶりに誕生した女の子だったそうです。
そのせいか、ご両親は「いずれ嫁に出すつもりでのびのび育てた」とのこと。
結果的にはその“のびのび”が、のちに扇子店を新時代へと導く原動力になったのかもしれません。
趣味・特技・SNSでの発信
・趣味:和服での街歩き、年中行事への参加
・特技:投扇興、伝統文化の体験発信
・好きな飲み物:淡麗グリーンラベル(!)
・SNS名義:「扇子屋女将」
里枝さんは休日や旅行先でも和服で過ごし、洋服をほとんど処分したというほどの“和”へのこだわり派。
筆者のような「ユニクロが制服」みたいな生活とは大違いです…。
SNSでは、和の装いや行事を楽しむ様子を投稿。
京都の“ガチ年中行事勢”としてファンを集めていました。
フォロワーもけっこう多かったようで、彼女の存在をSNSで知った人も多かったはず。
「いけずステッカー」など話題の活動
京都の“言葉の裏”をテーマにした「いけずステッカー」シリーズでは、変顔を披露するほどのノリの良さも発揮。
観光資源としての京都文化を、面白く・わかりやすく発信していました。
“ぶぶ漬けでもどうどす?”といったステレオタイプなイメージに対し、「いけずは意地悪じゃない、気遣いだ」と語っていたのが印象的です。
文化は堅苦しいものじゃなく、笑って共有できるもの。
大西里枝さんの考え方には、そんなユーモアと優しさが感じられました。


