ジェンティルドンナが死去!ファンに惜しまれたその最期とは?

2025年11月25日、競馬ファンにとって悲しいニュースが舞い込みました。
三冠牝馬として一時代を築いた名馬、ジェンティルドンナが、16歳でこの世を去ったのです。
システムエンジニアとして日々エラーやバグと向き合っていると、どうしても心がささくれる瞬間があります。
そんなとき、自分にとっての癒やしがジェンティルドンナの走りでした。
コーヒー片手に、何度目かのジャパンカップを再生して「やっぱりこの馬、化けもんだな」とつぶやくのがルーティンだったくらいです。
さて、訃報を正式に発表したのは日本中央競馬会(JRA)。
場所は北海道安平町にあるノーザンファーム。
ジェンティルドンナはそこで繁殖牝馬としての役目を終え、余生を静かに過ごしていました。
年齢は16歳。
人間の感覚でいえば、ちょうど50代くらい。
JRAの発表によると、晩年は体調を崩すことが増えており、最期は起立困難となり、そのまま静かに息を引き取ったといいます。
明確な死因は公開されていませんが、老衰に近い状態だったと見られています。
引退後、もう一度競馬場でその姿を見ることは叶わなくとも、牧場でのんびり暮らしている──そんな想像をしていた人は多かったのではないでしょうか。
実はこの11月25日という日付、偶然にも2012年のジャパンカップでジェンティルドンナがオルフェーヴルを競り落として優勝した、あの伝説のレースの日と同じなんです。
まるでその瞬間を自ら選んだかのような、競馬ファンの心を打つドラマ。
画面越しにジェンティルドンナの勝負根性に胸を熱くした日々を思い出すと、思わず胸が締めつけられます。
今ごろは、きっと広い草原を気持ちよく駆け回っていることでしょう。
ジェンティルドンナの経歴がすごい!G1・7勝の偉業まとめ
ジェンティルドンナという名前を聞くだけで、「ああ、あの強かった牝馬ね」と思い出す人は多いでしょう。
でも実は、その「強さ」の中には、数字では表しきれないドラマがギュッと詰まっているんです。
彼女の競走馬としてのスタートは、2011年12月の阪神競馬場。
当時から素質の高さがうわさされていましたが、翌年の飛躍ぶりはまさに“爆発的”でした。
2012年、桜花賞、オークス、秋華賞を制し、史上4頭目の「牝馬三冠」を達成。
この時点で、すでに名牝として歴史に名を刻んでいました。
三冠達成だけでもすごいのに、彼女の快進撃はまだまだ止まりません。
その年のジャパンカップでは、名馬オルフェーヴルとの激しい叩き合いを制し、まさかの勝利。
いわゆる「物議を醸したあのレース」としても語り草ですね。
多少の不利があっても、気合いでねじ伏せるあたりがジェンティルドンナらしい。
2013年にはジャパンカップ連覇。
牝馬としての連覇は史上初。
その後も海外G1のドバイ・シーマクラシックを制し、世界の舞台でも爪痕を残しました。
個人的に一番ジーンと来たのは、2014年の有馬記念です。
「この馬、引退レースでこんな走る!?」と感動しすぎて、思わずキーボードを濡らした記憶があります(物理的に)。
通算成績は19戦10勝。
そのうちG1が7勝って、冷静に考えるとヤバいです。
まさに「歴代最強牝馬」の名にふさわしい、圧倒的な実績を残しました。
ノーザンファームで過ごした引退後の生活と繁殖牝馬としての実績
競走馬としての輝かしいキャリアを終えたジェンティルドンナは、北海道安平町のノーザンファームで繁殖牝馬としての第二の人生をスタートさせました。
このノーザンファーム、言わずと知れた名門牧場であり、ディープインパクトやアーモンドアイといった伝説級の馬たちもここで余生を過ごしていました。
実は筆者自身、一度だけ仕事で北海道に行く機会があって、レンタカーでふらっとノーザンファームの近くまで足を伸ばしたことがあります。
空気が澄んでいて、とにかく静か。
あんな環境で過ごしていたなら、それだけで贅沢だったんじゃないかなと思います。
ジェンティルドンナは、引退後すぐに繁殖牝馬となり、合計で7頭の産駒を残しています。
その中で特に注目されたのが、2018年生まれの牝馬「ジェラルディーナ」。
このジェラルディーナ、2022年のエリザベス女王杯で見事にG1初制覇。
母ジェンティルドンナとの「親子G1制覇」という快挙を成し遂げ、一躍スターの仲間入りを果たしました。
やっぱり血は争えないというか、才能がしっかり受け継がれているのがロマンですよね。
ほかの子どもたちも期待されていましたが、現時点でジェラルディーナを超える成績を残した馬はまだ出ていません。
とはいえ、これから先の世代にジェンティルドンナの血を引く馬が登場してくるのは間違いありません。
一線を退いても、ジェンティルドンナは「名牝」としてしっかりと次世代にバトンを渡していたんですね。
